airaingood’s diary

このブログは、裏勝手に、自由に、裏の話(倫也さんの体調管理も含む)

お二人は上手く行っているようです。

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結婚についての考えを問われると「30歳前後でけっこう周りもバタバタと結婚していくんですよ」と漏らし「おや?ってなりますよね」と心境を告白。結婚願望に関しては「ありますよ。普通に」と答えた。

続けて、結婚への不安に対しても「ありますよ。だって現にしてないですしね」と切なげにつぶやいた。

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石橋静河さん、ぼくらの時代〜


妻・常盤貴子と「認め合いながら、歩んでいる」(長塚)
また、石橋は自身の結婚観について「結婚したいというより、一緒に戦っていける人と出会いたい」と語り、長塚に妻・常盤貴子との関係を訊ねた。

石橋:どうですか、役者同士というか…。


長塚:うちは、お互いの仕事、別にとやかく言わないし、認め合いながらっていうか。観察しながら、歩んでる。本当にとやかく言わないからね。うちはね、すっごいほめてくれるのよ。

石橋:え、素敵!


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お二人はお付き合いしていると、私は思っていますが
その上でお二人の発言どうでしょう。



倫也さんの理想にほぼ石橋さんはあっていますよね。

アメリカの女優さんを出してきたのは、
現実をまやかすため・・・でしょうね。


石橋さんはスレンダーですからね。




更に石橋さんは

、結婚というより一緒に戦っていける人・・と言ってますけど、倫也さんとお互いに俳優業で頑張りたい!と言うことですよね。



しかも、倫也さんはキスシーンなども理解出来る人・・・石橋さんなら、まさにそうですね。




そして石橋さん


どうですか。役者同士とか?

って質問しているじゃないですか。

[よべこ]ブログさんの投稿記事です。


2005〜2009

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2010〜2014

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2015〜2016


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映画2005〜2017



https://ameblo.jp/alxd0622/entry-12446783371.html?utm_source=gamp&utm_medium=ameba&utm_content=general__alxd0622&utm_campaign=gamp_paginationList

長塚圭史「困ったときに、ほめてくれる人」森山未來石橋静河に語る妻・常盤貴子の存在
6月13日(日)放送『ボクらの時代』

フジテレビュー!!編集部

2021年6月13日



毎回さまざまなジャンルで活躍するゲストが集い、多彩な話題や事象を取り上げていくフジテレビのトーク番組『ボクらの時代』。

6月13日(日)の放送は、森山未來石橋静河長塚圭史が登場し、幼少期の思い出やそれぞれの留学先でのエピソード、家族の話題などで盛り上がった。

ギャラリーリンク『ボクらの時代』に出演する(左から)森山未來石橋静河長塚圭史
左から)森山未來石橋静河長塚圭史
石橋静河、バレエに夢中になったのは「反抗でしかなかった」!?
ギャラリーリンク「ボクらの時代」に出演する石橋静河
石橋静河
俳優・石橋凌原田美枝子を両親に持つ石橋だが、自身は4歳でバレエを始め、15歳から4年間は海外にバレエ留学をしていた。そんな石橋に、俳優・長塚京三を父に持つ長塚が質問。

長塚:ダンス(バレエ)に走るっていうのは、それは反抗なんですか?

森山:反抗なんすか?

石橋:でも、今思うと反抗でしかなかったなと思いますね(笑)。

長塚:あはははは。

石橋:物心ついてすぐくらいにバレエを始めたんですけど。でもそのころ、本当に自分が覚えている限りの最初の方の記憶から「私はお芝居やらない」って言っていたんですよ。でも、そんなの知らないじゃないですか。そんな小さい子が、お芝居の世界がどういう世界で、どういうものなのかって。だから、「(本当はお芝居を)やりたかったのかな」と思いますけど。でもそういう、そう思ったことすら覚えてないぐらい全否定していたので…反抗でしたね(笑)。

幼少期は、世界最高峰とも言われるロシアの国立バレエ学校「ワガノア・バレエ・アカデミー」のドキュメンタリー映像を「(ビデオ)テープが擦り切れるまで見ていました」と、バレエに夢中になっていたと振り返った。

ギャラリーリンク『ボクらの時代』に出演する森山未來
森山未來
同じく、子どものころからダンスに親しんできた森山。

石橋:未來さんは、ダンスをやっていて、子どものころ男の子で周りにダンスやってる人っていたんですか?

森山:いない。

石橋:そこは、何か抵抗はなかったんですか?

森山:というよりも、今でこそ“子どもクラス”みたいなのがストリートダンスにもあるし、いろんなクラスに子どもクラスがあるけど、そのころ、子どもクラスがそもそもなかったから。

石橋:ああ。

森山:大人に交じってストリートのレッスン受けてるとか、そんなんだった。

長塚:ふうん。

石橋:へぇ、面白い。でも前のほうが、もっと「男の子が踊りをやるのはちょっと…」みたいな「恥ずかしい」みたいな空気ってあった気がしたんですけど。

森山:あったと思う。

石橋:そこはあんまり、未來さん自身は感じてなかったんですね。

森山:うーん、バレエとかにのめり込まなかった理由は、もしかしたらそういうところにあるのかもしれない。もともとの自分の原体験がミュージカルだから。“どバレエ”ではないから、単純にひかれなかったっていうのもあったかもしれないけど。

森山は「でもやっぱり、黒のタイツとか履くことに対しての抵抗はあったかもしれない」と回顧し、石橋も「ありますよね」とうなずいていた。

ギャラリーリンク「ボクらの時代」に出演する長塚圭史
長塚圭史
一方、長塚は、「僕は自分の世界に入っちゃう、要するに人形遊びをずっとしてるみたいな子どもだった」と振り返った。

長塚:1人でずっと遊んでるから、世界を作ったり世界に入り込むのが好きで。人形遊びから抜けられなくて大変っていうくらいだったから。だから、そういう物語世界にはひかれてたし…映画だよね、ひかれたのは。「映画の世界に入るのかな、関わりたいな」というのは、ずっと思ってた。

石橋:でも、そこで演劇の方に行ったんですね。

長塚:映画のやり方がわからないから。カメラもないしさ。で、その中で高校のときに、演技っていうものに触れる。高校演劇みたいなのに、僕は普通に手を出して。

長塚は、高校生のころから大学生の先輩たちと一緒に劇場を借り活動していたそうで「下北沢にどっぷりつかった」生活を送っていたと語る。

長塚:大人になったら、面白いこととシリアスなことを行き来する、会場を整理していたと思ったら舞台に立っているみたいな、そういう人になれたらいいなっていうふうに思っていて。

長塚は、そのころの思いは「ある程度実現した」と言って笑った。

海外留学で立ちはだかる「言語の壁」を超えるとき
また、それぞれ留学経験がある3人は、留学先でのエピソードも明かし「言語の壁」について語り合った。

ギャラリーリンク『ボクらの時代』に出演する森山未來石橋静河長塚圭史
石橋は、思いきって日本を飛び出したが、文化も言語も違う海外で友達もできず「最初の2年は孤独」な日々を過ごしたという。

森山:「2年間孤独」ってすごいね。

石橋:(笑)。そうですね。ずっと夕日の写真とか撮ってました。

森山:俺は、1年しかイスラエルには行ってなかったけど、やっぱり半年はコミュニケーションがすごく難しくて。でも、3、4ヵ月後にリハーサル後のプレミア(初日)があって、新作の。それを、みんなで共有したタイミングからコミュニケーションみたいなものの取り方がすごく自分の中では感じられるようになったっていうか。それはだから、自分の言語ができている、できてないじゃなくて、ちゃんとシェアできる時間が…。

ギャラリーリンク「ボクらの時代」に出演する森山未來
長塚:目的がね。

森山:言葉が出てこようが出てこまいが、信頼関係で一緒にいられるっていうところから、コミュニケーションが深まっていったみたいな感覚は、俺はあったけど。

また、1年間ロンドン留学をしていた長塚に対しては、森山が疑問をぶつけた。

森山:静河ちゃんも僕も、いわゆるダンスでアカデミーに入るなりカンパニーに入ったりして、もちろん言葉の壁みたいなのはあるにせよ、体でコミュニケーションする。言葉、言語を使わないところでコミュニケーションが取れるから、また違う関わり方があるじゃないですか。でも、演劇的なアカデミーとかに入ると、もう基本こっち(言葉)じゃないっすか。こっち(言葉)かこっち(書くこと)じゃないっすか(と、ジェスチャー)。

石橋:たしかに。

森山:そこから入ると、結構きついなとは思いますね。

長塚:やっぱり、きつかったね。

そんなとき、長塚は、原爆投下後が舞台の井上ひさしによる戯曲「父と暮らせば」を読み返したという。

長塚:だいたいほら、海外にいて日本の戯曲を読んだりすると入り方が違うじゃない。ズーンと入ってくるから。このアイデアをどうやったらイギリスの様式のままで「父と暮せば」ができるのかっていうことを考え始めて。そのワークショップをやってるときは、俺もよくわからないけど、しゃべってるよね。

森山:ふははは。

石橋:面白い。

森山:戯曲も翻訳したんですか。

長塚:翻訳はもうあったの。ところがこれが問題でさ、アメリカの英語なんです。

石橋:全然違いますよね。

長塚:それでイギリス人の俳優さんたちと、そのディスカッションから始まるわけ。「こんな言い方はあり得ない」みたいな。

石橋:でも、その違いって本当に文化の違いじゃないですか。それって本当に途方もないですよね。

長塚:途方もない。でもね、イギリスの英語になったときに、彼らが非常にナチュラルになるのは事実なのよ。とっても面白くて、「こうやってアイデアを練るっていうこと自体の素晴らしさが、面白さがあるんだな。で、作品にジョインするっていうやり方を見つけることができるんだ」と思ったら、急にやる気がメラメラわいてきて。

長塚は「で…帰りたくなったよね」と続け、2人を笑わせた。

妻・常盤貴子と「認め合いながら、歩んでいる」(長塚)
また、石橋は自身の結婚観について「結婚したいというより、一緒に戦っていける人と出会いたい」と語り、長塚に妻・常盤貴子との関係を訊ねた。

石橋:どうですか、役者同士というか…。


長塚:うちは、お互いの仕事、別にとやかく言わないし、認め合いながらっていうか。観察しながら、歩んでる。本当にとやかく言わないからね。うちはね、すっごいほめてくれるのよ。

石橋:え、素敵!

長塚:困ったときに。

森山:すごい、すごい。

長塚:それは「偉いな」と思うんだよね(笑)。ただ、ほめられてうれしいんじゃなくて「偉いな」と思って。僕はおしゃべりだからさ、いろいろ自分が思っていることとかを話していて。「こんなことがあるから、このことを始めようと思っている」っていう、土台を話すじゃない?そうすると「土台がいいんだからさ」とか「土台が面白いんじゃん」っていうことを、思い返させたりしてくれる。それは、あの人の懐の深さというか。

ギャラリーリンク「ボクらの時代」に出演する長塚圭史
石橋:素敵。

森山:シンプルなところに戻してくれてもいますしね。

長塚:そうそうそう。

長塚は、常盤について「ややこしいことをしようとすることを、良しとする人」「簡単な道に行くことについて、非常に冷たい目で見るところがある」と語り、劇作家・演出家である自分にとって「そういうところは、いいですよ」と告白。森山と石橋は、感心していた。


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これを読んで、感じたのですが

倫也さんと順調みたいてすね。

記録として取っておきたい記事


ダ・ヴィンチニュース

以下は記事引用しました。


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トップ インタビュー・対談 中村倫也「僕の中ではたぶん『利他』が利己なんです」【ロングインタビュー】
中村倫也「僕の中ではたぶん『利他』が利己なんです」【ロングインタビュー】
エンタメ 更新日:2021/6/4

自分だけ楽しくても「それ、つまんない」
──中村さんが「自意識」について記す時は、内面にある「ぐちゃぐちゃ」が溢れ出る瞬間であると同時に、「利他」の精神が発動する瞬間でもあると思うんです。

 例えば、本文に初めて「自意識」の一語が現れるのは、『ダ・ヴィンチ』の連載初回に当たる一編「自意識の塊、夜の空を飛ぶ。」の中です。悩んだすえにようやく伝えたいテーマが出てきたものの、〈「しめたっ!」とばかりにキーボードを叩き始めるとすぐに厄介な“自意識”が指に絡みついてきて「なにカッコつけてるんだ俺は〜!!」と頭を掻き毟りたくなる。(中略)なぜスラスラと書けないのだろう。無駄な例えや飾りばかりちりばめて〉。

 ここで「自意識」が発動しているからこそ、読者にとって読みやすく、自分の伝えたいものが一番伝わるかたちを探せているんですよね。他の箇所を読んでみても、「自意識」が利己的な言動に対する厳しいチェッカーとなり、「利他」的な言動をするよう促しているように感じられるんです。

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 こうした「自意識」のチェッカー機能は、いつ頃手に入れたものなのでしょうか?


中村 年々少しずつ、だと思いますね。それこそ役者になって最初の頃は「売れたい」とか「いい役やりたい」とか、「芝居うまいねってちやほやされたい」といった意識が強かったかなと思うんです。それがだんだん年齢を重ねて環境も変わって、現場に年下が増えたりしてきたなかで、かつて自分が見上げていた背中に自分がならなきゃいけなくなってきた。どうやって自分の存在をうまくアピールできるかということよりも、「ここで自分に何ができるんだろう?」というふうに自分を見る視線が変わってきたんですよね。現場でも、自分の「正解」を押し付けなくなりました。

 元来の友達付き合いとか家族関係の中で培われた、性格的な部分もあるとは思います。モットーと言うほどのことじゃないですけど、人が喜んでいるのを見るのがめっちゃ楽しいんです。自分だけ楽しくてもイヤなんですよ。自分だけ楽しくても「それ、つまんない」なんです。自分のやったことによって人が笑顔になることで、自分が満たされるという感覚はどこへ行ってもあります。自分にとって居心地がいいポイントなんですよね、そのバランスが。

──この本は、そのポイントの在り処、探り方を教えてくれると思うんです。実はここ最近、コロナ禍を乗り越えるためのキーワードとして、「利他」に注目する機会が多くなってきました。ただ、中村さんはコロナ禍をきっかけに「利他」に目覚めたわけではないんですよね。本書は『ダ・ヴィンチ』2018年11月号から2020年11月号に掲載されたエッセイが、時系列順で収録されています。そのため2020年5月号以降のエッセイからは、コロナ禍の影響が如実に感じられる内容となっているんですが、その前からずっと「利他」の人だということが、この本には記録されている。


中村 確かに、去年今年と取材のたびに、質問の前に必ず「コロナ禍ですが……」という枕詞がつくんですけど、僕自身に関して言えば変わってないなぁという感覚ですね。コロナがきっかけで、改めて自分のやっていることを見つめ直したりはしましたけど、結論としてはこの何年かは変わってないなぁ、と。

 振り返ってみれば、仕事がない時期を経験したことも大きかったのかもしれないですね。その時期は、仕事をもらうに至るまでのプロセスをずっと考えていたんです。まず、自分に対する期待がなければ、何も始まらないだろうな、と。たとえ一度のチャンスをもらっても、その次を期待させる何かがそこで出せなければ、続かない。ということは、人が求めている以上のものを出さなければいけない。そんなことを考えていたら、「人が望むものを」という気持ちにどんどんとなっていった。それが、巡り巡って自分のためにもなるから。

 だから……そんなにいいもんじゃないっていうのが根底にあるとして(笑)、今までの話を総合すると、僕の中ではたぶん「利他」が利己なんですよ。行き着く先は、「自分のため」でもあるんです。

過去の自分をがっかりさせたくない
──「自意識」の話とも重なるんですが、中村さんの文章には〈あの頃の純真無垢な俺〉〈廊下側、後ろから二番目の席の僕〉など、真空パックされた過去の自分の意識がときおり現れて、現在の自分をジャッジする目線が入り込んでくる。この目線も、中村さんにとってすごく重要な役割を果たしている。こういった複数の「あの頃の自分」は、意識的に忘れずにいるものなんでしょうか。


中村 思い出すようにはしていますね。思い出さずにいると、忘れちゃうというより、昔の自分が美化されていっちゃうんです。たまには過去の自分を意識して引っ張り出して、横に置いてちゃんと見てあげなきゃね、みたいな感じです。

 定点観測的に今の自分の位置を測るには基準が必要で、それが過去の、いろんな時期の自分でもある。これは自分でもたまに本当に男臭い考え方だなと思うんですけど、生きていくうえで、過去の自分をがっかりさせたくないな、みたいな感覚もあるんです。

──連載の最終回(「やんごとなき者たちへ」)の最後の文章が大好きなんです。

〈目に見えない不安が渦巻き光が見えづらくなった時ほど、せめて自分くらい、自分のことを、たまにでいいから認めてあげて欲しいなと切に思う。そしてそれぞれの歩幅で歩いていけばいいんだと思う。比べるのは一歩前の自分の足跡だ〉

 自己愛はなぜかネガティブな言葉に捉えられがちだと思うんですが、過剰で利己的な自己愛は確かにまずいかもしれないけれども、健全な自己愛はきっと利他の精神にも繋がる。本書全体を通して、そんなことも感じ取ることができました。


中村 そうだと思いますよ。自分に誠意を持てなければ、それを人に向けることはできないと思います。

 その文章に関連して言うと、先のことを考えても無駄なんですよね。「今」の連続で今の「今」があるわけで、ということは、未来も「今」の連続でしかない。具体的に先の予定を考えて建設的に準備したりするのは大事ですけど、「今」が充実していれば後悔はしないはずなんです。そこへ無闇に未来という時間軸を持ち込むから、不安になったり悩んだりしてしまう。

 あとは、比較で物事を考えないほうがいいですよね。僕も昔そうだったからものすごく分かるんですけど、人と比較しても無駄なんですよ。そんなことに時間やらエネルギーは割かずに、自分に何ができるか、自分のストロングポイントはどこか、自分の能力の使い方を考えていったほうがいい。誰からも認められるような才能なんかなくても……ないと思うからこそ、工夫と努力次第で自分の居場所は作れるはずなんです。

──最後に一つ、お伺いします。文筆家として、また筆を執るご予定はありますか?

中村 どうでしょうねぇ。ただ、ある企画のことで編集者とは話しています。表紙は今回の本とまったく同じデザインにしたいですね。本を開いてみるとまさかの……みたいな(笑)。

ヘアメイク:Emiy
スタイリング:小林 新(UM)

衣装協力:カーディガン2万4000円、パンツ3万円(ともにウル/ともにエンケル 問03-6812-9897)、シャツ3万円(エズミ/RI Design 問03-6447-1264)※すべて税別 その他スタイリスト私物

【書評】 自意識過剰と「利他」意識──中村倫也『THE やんごとなき雑談』<12
あわせて読みたい
中村倫也の初エッセイ集から厳選3本を特別公開!「自意識の塊、夜の空を飛ぶ」/THE やんごとなき雑談①
結界/中村倫也のTHE やんごとなき雑談②
めぐる/中村倫也のTHE やんごとなき雑談③

この記事で紹介した書籍ほか

THE やんごとなき雑談
著: 中村 倫也 出版社: KADOKAWA 発売日: 2021/03/18 ISBN: 9784046803009
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BOOK☆WALKERで購入

以下記事引用です。
これは、最終回を迎える!記録です。

中村倫也主演『珈琲いかがでしょう』壮絶な過去の回収にゾクッ、何層も重なる味わい
5/23(日) 18:00

ドワンゴジェイピー

中村倫也主演『珈琲いかがでしょう』壮絶な過去の回収にゾクッ、何層も重なる味わい
「とらモンは変わったね。ボクは、変わっちゃった。」

中村倫也が主演を務めるドラマ『珈琲いかがでしょう』(テレビ東京系、毎週月曜よる11:06~)は、ついに最終回を残すのみとなった。青山(中村倫也)のことが「大好きすぎて憎すぎてたまらない」ぼっちゃん(宮世琉弥)の言動にゾッとすると同時に、切ない気持ちにもなった第7話。

ぼっちゃん自身、「変わった」ではなく「変わっちゃった」と表現しているように、決して望んでいる姿ではない“黒くてドロドロしたものに捕まっちゃった”自分。ふと、第1話の「死にたがり珈琲」を思い出し、細かい伏線回収に気づかされた。




ぼっちゃんは子どもの頃、いじめられても「絶対に家の力なんて頼らない。自分の力でのし上がっていく」と強い志を持って逆上がりの練習をしていた。

そんなぼっちゃんにとって、アニメに出てくるヒーロー・とらモンのように、ピンチには守ってくれる強い青山の「ずっとそばにいる」という約束は、どんなに大きかったことか。唯一の心のよりどころだったはずだ。しかし、すぐに青山は組をやめてしまう。


「珈琲に出会えた時、世界が変わった気がしました。」

第7話は、青山のこの言葉でスタートしている。生き甲斐のない底辺の生活から珈琲屋へ。たこ(光石研)との出会いを経て、“できっこない”と思っていたヤクザの組を辞めるという決断をした。ぼっちゃんからは組をやめたら「指切りの刑だぞ、僕と父さんの分2本。しかも右手だ」。それを聞いた青山は、なんとも言えない覚悟の表情を浮かべているように見えた。(こういう微妙で絶妙なニュアンスは中村倫也の演技が光る。)


ぼっちゃんの父である二代目に、青山が淹れた珈琲をグローブをしていない右手で差し出す。二代目は「俺はウインナー珈琲っていうのは、ウインナーがぶちこんである珈琲だと思ってた」と話した。

やがて青山が組をやめ、二代目はぼっちゃんに「おまえあいつに何言った?青山が、これをおまえにってよ」「おまえはこれをもらって嬉しいか?」と問いかけ、ガーゼに包んだものを渡した。その後二代目は死に、ぼっちゃんは死んだ父の仏前に供えてある珈琲カップにそれを入れるという衝撃の回収。青山は最後にぼっちゃんとの約束を守っていた。


第1話の二杯目「死にたがり珈琲」。美咲(貫地谷しほり)を連れていったカレー屋で、青山は「心を閉ざして、何も感じないようにしてる方が楽なことってありますよね。疑問を感じ始めると、一気に溢れてしまうから」と思いつめたような表情を浮かべたシーンがあった。今思うと、ほるもん…ほるもん…と無心で仕事をし、たこと交わり疑問を感じ始め組をやめた青山の人生。この時、カレー屋の店主が美咲に「やめちゃえやめちゃえ、そんな仕事」というと、美咲は「どんな嫌でも怖くて辞められない」と語る。そのとき、青山が珈琲を供すのだが、手元のカットとなり、青山のグローブが画面に大きく映されていた。


繊細な心理描写と、緻密な構成。それを体現する役者の演技。その味わいは、深い。


「死にたがり珈琲」では、この後青山がガラムマサラを一振り。「ほんの少しの一振りで世界はガラッと変わるのかも」「生きてるっていいかもって思う」と美咲は前を向いた。これまでも青山の珈琲は人々の心を救ってきた。ぼっちゃんが寂しさを感じた夜、青山は「くらくらするほど甘くておいしい」コーヒー牛乳を淹れている。「お待たせしました。コーヒー牛乳です。」と差し出す姿は、たこ珈琲店主・青山のトーンに近いものがあった。



ほんの少しの違いで世界は変わる。ぼっちゃんの世界は…? 終わってしまう寂しさは高まるばかりだが、最終回、しっかりと心で受け止めたい。



■『珈琲いかがでしょう』
最終話 5月24日(月) 23:06

やはりそうでした。

具体的に動き出したと感じてから〜昨日、

ビックニュースでした。


劇団☆新感線

2019年位から進められていたのですね。


おそらく、時期が伸びたこともあって、

スケジュールの空きが出ていたのでしょうか。


どうか、秋に無事に舞台が出来ますように!



陰陽師」の映画を突然見たくなったのも、

こういうことだったのですね。

今日も、珈琲を入れているようです。


最近は、あまり会えてはいないようですね。

彼女は忙しそうですね。


やはり上手い女優さんですから、

もっと出てきて欲しいですね。



中村倫也さん


NHKのおしごと?


どこの局か?

2時間ものも?

映画の撮影は7月?

この記事が、嬉しすぎます。

記事引用しています。
FRIDAY DIGITAL


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ドラマが動かす現実!『珈琲いかがでしょう』でコーヒー購入者続出
テレビ東京の新たな挑戦に大注目!

2021年5月17日

テレビ東京の深夜ドラマ『珈琲いかがでしょう』に主演する中村倫也

テレビ東京が新たなドラマ枠の第1弾で、画期的な展開を見せている。

中村倫也主演『珈琲いかがでしょう』(毎週月曜・23:6〜)だ。

ビデオリサーチによる個人視聴率は1%前後と、決して高くない。それでもタイムシフトで見る人が3倍以上と、空前の快進撃だ。

しかも「コーヒーを淹れるシーンに癒やされる」などの声が多いが、放送後にコーヒーを購入する視聴者が続出している。

テレ東が得意とする深夜ドラマ。その新枠第1弾で、同局はまたしても新境地を切り拓きそうだ。


視聴率は低迷すれど・・・
月曜23時台の「月曜ドラマプレミア23」は、今期からテレ東が始めた新ドラマ枠。

その第1弾となった『珈琲いかがでしょう』は、中村演ずる移動珈琲店「たこ珈琲」の店主・青山が、生活の中で問題や悩みを抱える人々に、極めつきの一杯を提供し癒やしと希望を与える物語として始まった。

ドラマがスタートすると、ネット上は大いに盛り上がった。

「よく眠れるようになった」「癒やされてます」「雰囲気最高に好きすぎる」などの声がSNSに寄せられたのである。

ただ、個人視聴率は1%前後、世帯も2%ほどで、決して芳しい実績とは言えない。

テレビ朝日やフジテレビの23時台ドラマ(『泣くな研修医』『あのときキスしておけば』など)と比べても数字は半分ほどしかない。

それでも同ドラマには、他の番組にはないパワーがある。

一つはタイムシフト視聴で、他の番組より格段に上を行く。関東地方で約65万台のネット接続テレビの視聴データを集める東芝視聴データ「TimeOn Analytics」によれば、録画再生率はライブ視聴の3倍前後。通常のドラマはライブと録画再生が半々ほどなので、視聴者を自分の都合の良い時間にじっくり見させていることになる。

いわゆる“専念視聴”に向かわせる力が半端ない。

ちなみにタイムシフトが極端に多い結果、各話の推定総視聴者数は関東で110万人を超えている。

これは同局の人気番組『出没!アド街ック天国』や『家、ついていってイイですか?』に迫る数字だ。他局で言えばTBS『オトラクション』『オオカミ少年』やフジ『火曜は全力!華大さんと千鳥くん』など、GP帯(夜7~11時)の新番組を軽く凌駕している。

加えて同ドラマは、見逃し配信でも快記録を出している。

初回は放送後1週間で196万回再生され、同局の歴代番組の記録を塗り替えた。しかも初回は最終回の放送まで配信中で、現在280万回を超えている。2話以降も100万回以上と好調を保っている。

視聴率をものともせず、タイムシフト視聴で人気ドラマに進化したと言っても過言でないのである。

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フィクションが現実を動かす
次の特徴が、ドラマに影響されて実際に行動を起こす視聴者がたくさん出現している点だ。

インターネット接続テレビでの視聴状況と購買行動の関係を調べるCCCマーケティングは、ドラマ初回から4話が放送された3週間あまりの間に、実際にコーヒーを購入した人がどれだけいたかを調べた。

それによればレギュラーコーヒーの購入率は、ドラマを1回も見ていない人より1回以上見た視聴者の方が0.05%高くなった。特に2話以上見た人では、0.21%上がっている。

逆にドリンクコーヒーでは、ドラマを見ない人よりドラマ視聴者の購入率が下がっている。実はインスタントコーヒーでも同様の傾向となった。やはりドラマの世界観が、視聴者を缶コーヒーなど簡易なものから、一部を本格派に転向させたようだ。

この傾向はSNSの声でも裏付けられる。

「観てたらコーヒー飲みたくなった」
「やっぱりコーヒーっていいですよね。エスプレッソマシンもほしいなぁ」
「コーヒーサーバーとか揃えて、いちからコーヒー入れたくなる衝動にかられる」
「影響され、最近は豆から淹れてカフェオレを作っています」

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ビジネスの可能性
それにしても0.21%上がった位では大したことはない。そうお感じの方が多いだろう。しかし実際のビジネスとしてみると、可能性は決して小さくない。今回の調査対象となった15~69歳の視聴者を関東地方の約3600万人に戻して概算すると、ドラマ4話中1回以上見た人は12.2%で440万人に相当する。

そのうち1.59%がレギュラーコーヒーを購入した。約7万人だ。

購入額は一人平均645円なので、総額は4500万円を超える。テレ東6局ネットのエリア全体では1億円に迫る。実際にはスポンサーはいなかったが、もしレギュラーコーヒーのCMが放送されていたら、一定程度シェアを伸ばしていた可能性は十分ある。

しかもドラマを見なかった人に比べ、2話以上見た人は購入率が0.21%上がっていた。

関東地方で約4.6万人だったが、購入額は約2900万円。ネット6局エリアでは5000万円を超える。

ちなみに缶コーヒーやインスタントも含めた全体の購入額は、関東で4億円弱に及ぶ。

放送エリア全体では8億円弱。さらに放送は5月いっぱい続くので、全体の波及効果は倍の20億円に迫る可能性がある。

やはり決して小さな数字ではない。





新たなプロダクトプレイスメント
プロダクトプレイスメント(PP)という言葉がある。

映画やテレビ番組の中で、企業名や商品を露出させる広告手法だ。古くは米国映画『E.T.』で、少年が宇宙人にあげたキャンディが爆発的にヒットした。『ターミナル』や『マイノリティ・リポート』では、PPで製作費の大半を賄っている。

日本でもテレビ草創期にPPが散見された。

プロレス中継で某家電メーカーの掃除機が、試合前のリング清掃で活躍した。またVTRがない生ドラマ中継では、主人公が薬局に飛び込みドリンク剤を飲むというPPがあったと聞く。

ところが日本ではその後、欧米とは異なりPPは定着しなかった。「CMは放送時間の18%以内」という業界の自主規制に反するという理由で、議論をあまりしなかったようだ。

今回の『珈琲いかがでしょう』も、既存の商品を露出していないのでPPではない。

ただし猿田彦珈琲とタイアップし、技術協力を仰いでいる。中村倫也など役者が珈琲を淹れる所作の指導などだ。かくして「珈琲を飲みたくなる」ような映像のクオリティが出来上がっているという。

さらに踏み込んで、タイアップ商品の展開も始めている。

劇中に登場するTAKOブレンドの豆やドリンクを販売するマーチャンダイジングだ。店頭・ECともに非常に好調だと聞く。

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録画再生でじっくり見る人が多く、しかもコーヒーが重要な位置づけとなり、視聴者の心に深く刺さる。

欧米で一定程度定着したPPに、テレ東は日本的なスタイルで挑戦していると言えよう。

主人公の青山は、コーヒーを「泥のよう」と感じる過去を持つ。

それが極上の珈琲と出会い、人生観が一転する。どんな人も、真善美により浄化されていく物語が、コロナ禍の厳しい状況で視聴者を大いに癒やしたようだ。

珈琲通がどこまで増えるのか、極上のフィクションが現実をどこまで動かすのか見届けたい。

文:鈴木祐司(すずきゆうじ)

メディア・アナリスト。1958年愛知県出身。NHKを経て、2014年より次世代メディア研究所代表。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。著作には「放送十五講」(2011年、共著)、「メディアの将来を探る」(2014年、共著)。

写真:西村尚己/アフロ